世界にふたつとない、猫電車は行く!
ニャンニャン ゴウ!
* * *
ある日、見なれぬ、子猫が餌を食べていた。我が家の子猫ではない。
我が家の子猫達より、ひとまわり小さい。声をかけたら、逃げた。
生まれついての野良らしく、人間を徹底して怖れていた。
親からはぐれたオスの孤児猫は、やさしく穏やかに接しても、逃げる。
チビ猫が長い尾を帆のように真直ぐに立てて風を切って逃げるのである。
その逃げる様子が、お尻に帆かけて しゅらしゅしゅしゅ、なのだ。
あまりに、可愛く可笑しいので笑ってしまう。
風を切って逃げたのに、又すぐ来るので、『風の又三郎』をもじって『風のま
たちゃぶ』、縮めて『またちゃぶ』と呼んだ。
逃げて姿をくらますのに、餌は食べに来る。庭の植え込みに潜んでいる。
目が会うだけで逃げるので、目を会わさないようにした。
そのうち、みんなの中に混じって餌をたべるようになった。
ある日、箱の中で我が家の子猫たちがみちるママのお乳に吸い付いていた時に
私は目撃してしまった。
孤児猫が箱のふちに後足をかけて、前足だけ箱に入れ、みちるのお乳に吸い付
いていたのである。
こんな情景を見て、平気な人間がいるだろうか。いじらしくて、泣けてくる。
かたまって寝る猫の真ん中で、手足を上げてお腹を出して安穏に眠っているの
を発見するに、日にちはかからなかった。
猫ファミリィが受け入れているのに、人間が拒絶するわけにはいかない。
こんなわけで、『またちゃぶ』は子猫達の弟分になって居着いた。
『またちゃぶ』が、じゃれあって、無邪気に子猫たちのなかで遊んでいる様子
は、人間の私まで幸せにしてくれた。
オスの『またちゃぶ』は『黒兵衛』を崇拝していて、『黒兵衛』が帰宅する
と声をあげて出迎え、すりより、お尻の匂いを丹念に嗅がせて貰っている。
教祖をあがめる信者のようで、これがまた、おかしい。
『黒兵衛』を崇拝し、『みちる』に舐めて貰い、義兄弟猫と楽しくくらす。
猫としては、フーフー唸る『ふーこ』よりも、よっぽど円満な性格の『またち
ゃぶ』なのに、人間はどうしても、苦手らしい。
数カ月たっても、視線があうだけで、逃げる。
何か、変ではないか。
野生のたぬきでも、手から餌を貰うようになるというのに。
私が決して危害をくわえないことは、承知しているはずなのに、逃げる。
ここに来る前に、人間に世程ひどい目にあったとしか思えない。
『またちゃぶ』は、視線があっただけで逃げるくせに、テラスに来てガラス戸
越しに、ジッと私を凝視している。
ガラスが一枚、あいだにあれば平気らしい。
ガラス戸を開ければ、逃げる。
逃げても、また来て、一時間でも二時間でも、私を見ている。
もう、またちゃぶは子猫ではなくなっていた。
「またちゃぶ、まだ居るよ」お茶を飲み、新聞を見る。
テラスのガラス戸越しに、またちゃぶは私を見ている。
テレビニュースを見る。「またちゃぶ、まだ居るよ」
りんごの皮を剥く。「またちゃぶ、まだ見て居るよ」りんごを食べる。
ドラマをひとつ見る。「またちゃぶ、まだこちらを見て居るよ」
気持ちは、ほかの猫と同じに可愛がられたいのに、いざ近づくと恐怖感に襲
われる。心理学でいう、ナンタラカンタラ症候群というやつではないか?
まぎれ込んだ来たとはいえ、縁あって遭遇した猫。
名前までつけてやったのだから、ここはひとつ人間の技量(?)を見せようで
はないか! 私は作戦を練った。
餌をいっせいに食べている時に、名前を言って一匹づつ、からだに触る。
「みちるは、みーこママ、やさしいママ!」
「黒兵衛はパパ、強いパパ!」
「おこげは元気!」
「あわびは食いしん坊!」
「さくらは美猫!」
「ざらこはザラザラ!」
「ちる平は兄ちゃん!」
「あられはプリティ!」
「みぞれはビュティフル!」
「お前はひろっちやんかい?」
「さすれば君はじゅうねんくん!」
「黒猫ベア」
「プリン」
「ふーこ」
「おぬしは、誰だ!もしかして『ホリゾン』!」
一匹ずつ、ふざけた節をつけながら、なぜていく。
猫は食事に夢中で、なぜられていることには、まるで無関心。
ガツガツ食べている。
が、ただ一人(?)だけは身をかたくして順番を待っている。
言わづと知れた『またちゃぶ』である。
またちゃぶに触ると、石のように、からだを固くした。
彼の緊張が私の指先に伝わり、私のこころも震えた。
食事時の猫に対する、私の<ふざけ節タッチ>が功を奏したのは言うまでも
ない。春の雪解けのようにまたちゃぶのこころは解けていった。
(次へ続く)
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