只今十六匹にて候  《十一両目は『じゅうねん』となった》

世界にふたつとない、猫電車は行く!
 十六連結の猫電車だ!
  さあ、パワー全開!
   ニャンニャン ゴウ!

       *       *       *

 結局、左目が青の仔猫には、目の色にこだわらずに、実用的な名前にした。
猫に実用的とはなにか。それは、生まれた年を記憶することである。そこで、
平成十年四月生れの総勢九匹を代表して記念の年号である『平成十年四月』と
決めた。縮めて『十年』君である。

 『じゅうねん、じゅうねん』と呼んでいると、白猫が小坊主に見えてくる。
一休さんの世界である。『じゅうねん』は主張がない、おとなしい猫である。
こちらが、貰われていけば、案外よかったかもしれない。
やれやれ、これで終わった。楽しいネーミングも最後はヤブレカブレの感で終
了となる。が、ならなかったのである。
まっ、それは後にして九匹を育児する、みちる・小雪のママ猫たちのエピソー
ドを少し。

 初めてのお産をした二匹は、共同保育をしていた。どの子が自分の子とかの
区別をまったくしないで、みさかいなく乳を与えて世話をしている。
しかし、育児の主導権は年かさのみちるが持っていた。
それをある日にはっきり知った。   

 外出から戻って、猫部屋を覗くと仔猫が二匹しかいない。咄嗟に「カラスに
盗られた」と思ったが、みちるの顔を見たら恐怖はなく、妙にいきいきした目
つきをしている。すぐに私は察知した。
「みーこ、何処に連れて行ったの?」
みちるは<教えてやんないよー>と。
何度かの駆け引きがあった。

 みちるが庭の西側に走るので付いていけば、前足で土を掘ってオシッコをし
て私をじらすように土を丁寧にかけて見せる。
猫はウンチやオシッコをじつによく目の前でしてみせるものであるが、これは
信頼の表現であると思うのであるが、この時は私を煙に巻こうとしている魂胆
に見えた。残った二匹も今に運ぶからそのチャンスに賭けて居所を突き止めよ
うと決めた。

 こうなったら知恵くらべだ。
私は何気なく無関心を装うて、みちるを油断させる戦術に出た。
みちるは仔猫をくわえて、玄関の階段を降り、駐車場を横切り、石油タンクの
横を通って、フェンスを潜って、お隣の畑に飛び降りた。私は悟った。仔猫は
母猫のものなのだ。自分の才覚で育てたいのだ。こころを込めて世話をしてい
たのに、不満だったのかね。猫部屋の敷石を毎朝、ホースでジャージャ水を流
してゴシゴシ、デッキブラシで洗ってくれるなんかは、大きなお世話だと思っ
ていたのかも。
全部を運び終わったみちるは、やれやれと涼しい顔をしている。居所を突き止
めたものの、小雪の方はこの移転にどのようなかかわりかたをしたのか知りた
いと思うが話が出来ない。こちらは推量するより仕方がないのである。こんな
時に猫と話ができたらいいのになと思う。
小雪はこの暴挙には参画していないように、見えた。

 私は夫に相談してまず、お隣に挨拶に行った。「かくかく、しかじか‥‥よ
って何卒今しばらく、貴殿の物置きに親子をカクマワレタシ」お隣さんは笑っ
て許してくださった。
九匹の仔猫全部を連れ去って、私の手から独立宣言したみちるの母性に、敬意
は表すれども、並の母のように不安は拭えない。
というのは、まずこの暴挙に小雪は関与していないらしい。オロオロして、私
に鳴きつく。まず、第一に猫にはお乳が八個あるが、面倒をみる仔猫が九匹で
は、みちるママが、頑張っても無理である。

 そこで、猫ファミリーの総責任者の私としては、まず、蚊帳の外に置かれた
小雪を送り込むことを実行した。
みちるは何故仔猫を連れて出て行ったのか?私が仕切るのが気にいらない。
庭からは、丸見えの猫部屋に、カラスが潜入してきたかも。
もしかしたら、仔猫を独り占めしたいのかも。これは、小雪にも言えることで
一旦自分の胸に抱え込んだら、離すまいと頑張る。

 私は母猫から仔猫を横取りする気配だけは見せないように気を使っていたの
に。母猫が仔猫の世話をする様子は、涙ぐましく見ていて、うっとりする。

 みちるは猫部屋で食事をしたりのんびり毛繕いなんかしている時を見計らっ
て小雪を仔猫たちの所へ連れて行った。
「明日から食事を運んでやらなきゃ」と夫。
私の心中は複雑だった。「進学だ!受験だ!」と大騒ぎで送り出した子供が巣
立ちやれやれの後の喪失感。また、夢中になって可愛がったものが去って行っ
てしまった。

 次の日、虚ろというは大げさであるが、ぼんやり猫部屋に立つと、足下がチ
ョロチョロする。なんと仔猫が数匹いるではないか。
一晩外泊しただけで、全員が戻って来た。
今度は小雪も協力して二匹でくわえて運んできた。
私は嬉しい感動でシャッターを押しまくった。二匹の母たちは、どんな会話を
したのか。
談合が纏まったから、連れて帰って来たのであろうが、それがどんな経緯を辿
ったのか人間の私は聞き出す術もない。
しかし、私は幸福感に酔いしれた。

 その時は苦しみが、ヒタヒタ迫っていることを私は気付いてなかった。
                             (次へ続く)

     <おぼえメモ>


じゅうねん 平成10年4月12日
     誕生する 左目がブルー 

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