猫電車は行く!
十六連結の夢の猫電車だ!
でも、乗ってる猫は本物さ!
みんな、みんな見においで!
* * *
小雪の産んだ、二組のそっくりさんのメスの部のあられ・みぞれは先に紹介
した。残るオスの部のそっくりさんの特徴は、あられ・みぞれの姉妹ほど単純
ではない。私の稚拙な表現力ではこころもとないが、頑張ってみる。
オスの二匹はシミひとつない純白で尻尾が長い。真っ直ぐに長いのと、先っ
ぽがちょっとだけ丸まっているだけの相違点がある。
見馴れなければ判らないかも。
二匹には見てはっきり判る相違点があるのだが、そのはっきり判る相違点がマ
コトにワカリニクイ。
つまり二匹はちるちるの胤である証拠の水色の目をしている。がその水色が片
目だけで後の片目は母の小雪の金色なのだ。
世にいう《金目・銀目》というやつでないかと思う。幸福を呼ぶ縁起のいい猫
かい?
だとしたら、それが二匹も我が家にはいるのだ。喜んでいいのかい?この水色
が右目にあるのと、左目にあるのの違いが、このそっくりさん兄弟のはっきり
判る相違点である。
ネーミングには七転八倒の苦しみを味わった。右近・左近は音が似ていて猫
が戸惑う。ライト・レフトでは呼びにくいし。
だいいち、右だ左だとこだわる場合、水色を主にするのか?
普通、(金目・銀目)と言うのだから右目が金色がライト君?になるか?
でも、証拠の水色を名前にいかさなくっちゃ面白くないし。
ヒラメキ!《ブルーライト》だ!
右目が水色のが《ブルーライト横浜》だ。
だから『横浜君』なのだ。この『横浜君』が猫としてはヘンテコリンな名前か
ら開放されるドラマが彼の上におこるのだ。
トイレの躾もほぼ完了して、キャットフードも食べられるようになった仔猫
に里親を捜してやらねばと、前々から心がけてはいたのだがなかなか縁に恵ま
れなかった。人中に出た時は話題に載せ、来客は勿論、人の顔を見たら「仔猫
はいらんかねー」をやっていたのに、お声が掛からない。
そんなある日、カメラ仲間の友人がフリーマーケットに参加すると聞いた。
友人の友人が出す店に品物を置かせて貰うという。アマチア露天商の店先に便
乗して、自分のいくばくかの不用品を処分する魂胆らしい。
要らなくなった物を持ち寄り安い値段で並べて、要る人に買って貰うという、
不用品整理と大人のお店ごっこ気分が楽しいらしい。
ヒラメキ! 《仔猫たちをフリーマーケットに出すのだ》そして、猫好きな
方に貰って戴く。こんなに可愛い仔猫を見たら誰でも欲しくなるに決まってい
る。友人に仔猫のことを頼んだら(彼女にも貰い手を依頼していた)友人はフ
リーマーケットの大家(オオヤ)の友人に頼んでくれた。アマチア露店商の店
先を借りる店子に更に間借りする孫店子。
友人もフリーマーケットに仔猫は面白いと乗り気になってくれたが、大家さ
んから規定に食べ物・ナマモノは駄目だと知らされる。
「猫ちゃんは、生きているからナマモノだって!」と電話で笑っている。
それでも、私の苦境を知っている彼女は、知恵を絞って「仔猫いらんかねー」
のチラシを自分の間借りコーナーの片隅に置いてくれるという。猫ファミリー
の最高責任者としての任務に私は燃えた。
仔猫が産まれました
猫好きのかた見に来てください。
そして、気に入ったら貰ってください。
【青い目の白猫】と【赤毛】と【とら猫】が生まれました。ひとなつっこ
く可愛い仔猫達です。
生後ひと月半になります。
トイレのしつけもできています。
本日のフリーマーケットのお帰りにお寄りください。決して押しつけませ
ん。猫好きのかた歓迎いたします。
平成十年五月二十四日
自宅地図を中央に大きく書き出した、ゴシック体のチラシは我ながら良くで
きたと思った。購買欲、いやいや、愛玩欲を刺激するように、いまひとつ、工
夫はないか。
ありました・ありました、前に蘭の大盛の花籠を頂いた時のカゴがあった。
結構な大きさの平カゴで大きな持ち手がついている。
実は高い本棚の上で黒兵衛が昼寝をしていた例のカゴである。
このカゴに仔猫が入っていたら、文句なくベリィグッドなのだが。そこで、自
前の写真は間に合わないので、手持ちのペット雑誌の可愛い仔猫の写真ページ
を切り取って、風に吹き飛ばされないように透明なシートにはさんで、客の目
につくように、派手なリボンでカゴの手にくくりつけた。そして、カゴには勿
論自信作のチラシを数十枚入れた。それを友人に託して私は自宅で仔猫達と待
機。
「今日でお別れー」を心で歌って、仔猫に頬ずりしながら私は待った。哀惜
の情は否めない。私が誕生に立ち会った仔猫たち。
フリーマーケットに集まった猫好きな人はひやかしでも大勢来てくれるだろう
と哀惜とは反対に楽観的予想をしていた。
ところが、思うようにいかぬのが世の常、たった二人連れが一組しか来なか
ったのだ。
一組だけは来てくれた、というべきかも知れない。庭がないというその人に、
「土がなければ、大変かもね」と言ってしまった。大人猫のトイレ問題は結構
大変であるから。あとの祭りである。なんてトンマな私。
たった一人の大事な貰い手を逃がすようなことを言ってしまって。それより
気分を害させてしまったかも知れないことの方に、気が滅入った。ご年配の温
厚なお母様と上品な奥様風の娘さんのお二人には申し訳なく思っている。
ご縁があるものなら、今ふたたび我が家にお越し戴きたいと祈る。
なにしろ、あっと言う間に仔猫たちは成長して現在は恋の花盛りなのである。
さて、話を『横浜君』の仔猫当時に戻そう。フリーマーケットの件は完全な
失敗に終わった。そんな、ある日に、「仔猫を欲しいという人がいる」と通報
があった。
今度は失敗しまいぞ。ところが、選ばれて貰われて行った『横浜君』は三日
も鳴き続けて戻って来た。
「あっぱれ、頑張ってよくぞ、戻った」
夫は長岡家に五歳で養子に出されて、親を慕いながらも聞き分け良く養子先に
居着いてしまったことを、後悔し続けた人生だった。
(大好きな電車の玩具。それも玩具屋の店頭を飾っていた大きくて立派な電車
を買って貰ったことから、養家先に居着いたと聞いた)
「チビ猫とはいえ偉い奴だ。意志を貫き通して帰って来た。今日からお前は養
子帰りのひろっちゃんだ」
夫は自分の幼少の愛称『ひろっちゃん』をこの仔猫に自ら賜わった。
『横浜君』改め『ひろっちゃん』となる。 (次へ続く)
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