世界にふたつとない、猫電車は行く!
十六連結の猫電車だ!
さあ、パワー全開!
ニャンニャン ゴウ!
* * *
小雪はそっくりさんを二組産んだ。メスのほうから紹介しょう。小雪の生き
写しのような姉妹なので、雪のイメージで『あられ』『みぞれ』の名前を用意
したが、どっちをどっちにするかに随分悩んだ。自然科学を超えたポエムの次
元でクモン(苦悶)した。
二匹は本当にそっくりなのだ。躰が小さく純白で尻尾がちぎれたように短い
が、さすがに小雪ママのように尻の上にポチのように捻じり上げてはいない。
目は青を薄めた美しい水色。動かぬ証拠の水色からパパはちるちるである。
紺碧君の瞳は息子のちるちるには薄まって青色になり、ちるちるの娘達には更
に薄まって水色になって遺伝した。
そして、息子のちる平には水色をもっと薄めて遺伝。水色を薄めた色は蒸気色
か氷色かと、私は色の表現を詩人風に思索する。
(遺伝は薄まる。おでんは煮詰まる)なんて。
ちる平は強い陽射しに弱いらしく、しょぼつかせた目でソロソロ階段を歩く
さまは、どうも足元がおぼつかないらしい。
「ちる平、眩しいのかい?サングラスがいるかい?」とからかってやる。
白猫で目の回りが赤毛のちる平が千鳥足で歩いているのには笑ってしまう。
「ちる平、昼間からご機嫌ね」と、言ってやれば「ニッ ニッ」と鼻を鳴らし
て付き纏う。鼻を鳴らすで思い出したが、ちる平はいつも鼻くそを付けている
点でもユニーク猫である。猫に目やには普通であるが、鼻くそは珍しい。指に
唾を付けて、こすり取ってやる。
「ちる平、君はパパに、そっくりだね。大好きだよ」平成十年四月生まれ。大
猫のちる平は、赤ん坊のように「ニッ ニッ」と膝いっぱいに寝転んで大喜び
する。
『居なくなったちるちるよ。君は私だけを頼って生きていると思っていたの
に。もっと、良い所を見つけたのかい。それとも、帰れなくなったのかい。
ずうと、君の帰りを待っているんだよ。ちる平は特に君にそっくり。甘えん
坊で君を思い出して切ないよ。』
他の仔猫達がどんどん大きくなるのにこの姉妹だけはずっと小型である。こ
の点も小雪似である。
シミひとつない純白に水色の目、うっとりするほど愛らしい。
見ていると二匹の表情のニュアンスに微妙な違いがあることに気付いた。
一方がただただ純なのに対して、もう片方はいたずらっぽい感じがする。
何が原因なのか、二匹を並べてよくよく観察したら、黒い瞳の部分の位置がち
ょっとずれている。軽度のヤブニラミ。
いたずら好きなエンジェルのよう。
霰(あられ)はぱらぱら降ってドライな雪。霙(みぞれ)は雨も混じってウ
エットな雪。いたずらっこの名前は『あられ』に決定!
キュウトなあられは赤の首輪にした。
「白い雪の中の白猫のあられちゃんの赤い首輪は目立つよ」と耳元に囁いた。
『仔猫を七匹残して突然に消えた小雪ちゃん。あなたは自分の意志で消えた
の? それとも、臭いおならをいつも出していたから、躰の故障だったの?
あなたの、息子と娘達は私が責任をもって最後までつきあうからね。この家に
来なければ、もっと違った生き方ができたかもね。御免ね、小雪』
食テーブルの下の共同育児箱に黒兵衛が入っていたのを発見したときは腰が
抜けるほど驚いた。仔猫を舐めている。
「面会に来たよ」と平然としている。
みちるママも小雪ママも平気にしている。
オス達を部屋に入れないよう気を付けていたのだが、いつの間にか忍び込んだ
のだ。
私は混乱した。猫族にかんする観念を根底からくつがえされた。私は猫にかん
して無知なのだ、ということを思い知った。
母猫は神経が過敏になっていてオス猫を警戒して怒ると思っていた。
ちるちるパパにも面会を許可したが「オレ、ガキは苦手」とあとずさりして育
児箱には入らなかった。ちるちるは駄目パパか。
ここで、ひとつの難問が出てきた。
謎のX氏の存在だ。ちるちるを追いかけまわし、私にも挑戦的なXが仔猫に悪
さをするのではないかと。家のまわりをうろついて、私を見ると「ウー」と威
嚇する近所のオスのペルシャ猫。飼猫なのに性格が悪い。Xの存在が頭痛の種
である。
猫はきれい好き。風呂も石鹸も、タオルもブラシもなんにもなくて、仔猫を
清潔にしている。仔猫を舐めて舐めて舐めまくって育てる。
お乳を与えているうちは、うんちもおしっこも全部舐め取ってやるのだ。本能
は凄い。お産なんかも本当はへっちゃらなんだが、私の顔を立てて介添えを許
してくれただけなのだ。猫は何でも、自分で出来るのである。
私は猫の母性の凄さに恐れというより、畏敬の念が湧いて、当初の魂胆の仔
猫を撮ることも出来ないでいた。黒兵衛には寛大なママ猫でも、カメラのスト
ロボは嫌であろう。母性に輝くみちると小雪の幸福のお裾分けを戴いて、私の
日常も輝いていた。あとに来るこころの痛みをまだ知らなかった。
(次へ続く)
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