只今十六匹にて候  <六両目は『さくら』ちゃん>

 少年の日の夢は止みがたく、いまだに鉄道模型に執着。
少女のいちばんの友は猫だった。想いは連結して猫列車となる。発車!

       *       *       *

 お腹と顔が白く、赤帽子に赤マントを纏った完璧な長い尻尾の美猫である。
目は蜂蜜色。五匹の白猫たちの中でたった一匹の赤毛は目立つ。華やかで美し
い名前というわけで『さくら』と迷うことなく決めた。躰も最初から大きく、
おっとり安定した性格だ。彼女の母は小雪だが、父猫が誰であるか断定はでき
ない。小雪にはちるちる・黒兵衛のほかに、謎のX氏とも付き合いがあったの
だ。

 記憶をたぐりよせれば、X氏というのは、グレイの長毛に意地の悪そうな目
を光らせているオスのペルシャ猫で首輪をしているから、飼い猫である。
毎日のように我が家の庭に出没するから、飼い主の家はそんなに遠くないと思
われる。

 十六年も生きた、私の子供たちの乳母がわりのような心優しいハイジに毛色
がそっくりだったから、懐かしく声をかけたらフーと威嚇されて好意はいっぺ
んに吹き飛んだ。
X氏は雪之丞のライバルであり、雪之丞の妹を死に追いやった(と思われるふ
しがある)ストーカーであり、更にちるちるを追いかけまわして心身症におち
いらせ、みちるを付け回していた。
夜になっても帰らない小雪を心配していたら、翌日の昼過ぎに息咳切って飛び
込んできた小雪を見て、私は悲鳴をあげてしまった。白い小雪が全身血だらけ
、に見えた。駆け寄ってよく見たら血ではなく、赤い色をスプレーされたらし
い。無臭でベタベタもない。
何処で誰にされたか迷宮いりの事件となった。

 驚いたのは、小雪がXと一緒だったことである。小雪は上機嫌で「昨夜一緒
だった彼よ」という感じにXを伴って帰って来たのだ。
それから、Xは呼びもしないのに食事に来たりする。彼が無遠慮なのは許せて
も、ちるちるを威嚇するのは許せなかった。本気で私の家族はXを叩き出す。
がXは懲りない。のこのこ何度もやってくる。
小雪の全身の赤色はいつの間にか取れたがお腹はドンドン膨れていったのだっ
た。

《さくら》に話を戻そう。
母との共通点はひとつもない。とんびが鷹を生んだというが、背に尻尾を捻じ
り上げた、短足のコギャル白猫が堂々とした長い尻尾の赤毛猫を生んだのだ。
黒兵衛とちるちるに相似点を捜してもない。
強いていえばちるちるの尻尾の長く立派なところが同じだが色が違う。
黒兵衛はともかく、ちるちるの両親とは面識(?)があるが、彼等との類似点
もない。

 父親が誰でもいいではないか。
血統ということに無関係に生きる十六匹だもの。

 家族はちる平とさくらの二匹だけはすぐに名前を覚えてくれたが、おこげと
あわびに至っては今だに分からないらしい。

 「お産のことは心配しなくていいからね。私は二回も経験があるから大丈夫
よ。任せておきなさい」みちるは嬉しそうに前足もみもみで喜んでいた。前か
らこんな約束を交わしていたので当日はみちるが破水して陣痛がはじまり、前
から彼女と打ち合わせていた通りことが運んだ。
流し台の横にある配膳台の下に古布敷きのダンボール箱を置いて光線が入らな
いようグルリを囲んだ。

 昔々、子供の時に、可愛がっていた猫がお産をみせてくれた。猫がお人形で
ありオモチャであり、友だちだった。可愛がっていた仔猫が母猫になっていく
様子は猫好きにとっては随喜といってもよいと思う。

 小雪の産室は出窓の下の戸棚に用意した。これも、ママさん教室よろしく小
雪に何度も教えてトレーニングにぬかりはなかった。
みちるは落ち着いて四匹を出産したが、二匹はすぐに死んだ。五日遅れて、小
雪はお産をしたが、こっちは大変だった。小雪が落ち着きのないコギャルだっ
たせいか、袋に入って生まれてくる仔猫の胎盤を食べるのが、せっかちで、臍
の緒を噛み切らないでガツガツ飲み込むので、喉に引っ掛かって仔猫は袋から
だしてもらえず、母の口元でブラブラしている。小雪は吐き出すこともできず
にもがいている。私は胎盤のままの仔猫をひっぱって、小雪を喉つまりから助
けてやる。「小雪、可愛い赤ちゃんだよ。ゆっくり舐めておやり。
あわてないで、ゆっくり舐めておやり」

 四匹が生まれて、母になった小雪は胸に抱いて乳を吸わせている。やれやれ
と家族に報告して戻ったら増えて五匹になっていた。
それから次々と、小雪は初産で八匹産んだ。

 猫の産婆さんになっていた私に、突然、天からの啓示がくだった。(小雪の
子供を今のうちに、二匹みちるに託児するのだ。ヤンママ小雪に八匹はちと多
過ぎる。子を二匹死なせたみちるに助けて貰いなさい)と。
天の啓示であれば迷わず従うしかない。
みちるはあっさり小雪の仔猫を引き受けてくれ、分け隔てなく世話をしてくれ
た。みちるは神経質な感じの猫なのに、母性が豊かで、私はこの上ない幸せに
充たされた。

 ここで、我が家の間取りの説明を少し。
テレビのある居間は広めのワンルームで北側の流しの横の配膳台の下にみちる
の育児箱。東側の出窓の下の戸棚には小雪の育児箱。
育児に専念できるようにオスのちるちる・黒兵衛は居間からは遠い庭に面した
温室に追放した。

 昔、子供の時に母から聞いた本当の話であるが、初産の猫が、オスの鳴き声
に逆,.上して産まれたばかりの我が子を噛み殺したという。
事情を知らぬオス諸君は突然の追放に納得いかずに家に入りたがる。
私は二週間は居間のソファーに寝た。新米ママ達は育児に専念していて夜中に
トイレに行きたくなれば、私を起こす。テラスに通じる窓を開けてやると、二
匹の母は用をたして戻って来る。育児中にはとんでもないことが多発した。
次の車両をお楽しみあれ!                 (次へ続く)

     <おぼえメモ>


さくら 平成10年4月12日誕生


さくらは平成11年春のある日、突然
消えた。あまりの美貌ゆえかどわかさ
れたと思われる

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