只今十六匹にて候  <五両目は『ちる平』君である>

 「チンチン ゴウ」と紙箱を電車に見立てて遊んだ少年。猫を抱いて眠りに
ついた少女。今や夢はひとつになり猫電車となる。

       *       *       *

 黒兵衛とみちるの恋はなかなか成就しないで、やきもきしていた時分、黒兵
衛がいなくなったことがあった。ふらりと来た猫だから、ふらりと出て行って
も不思議はない。情が移ってしまっていた私はあわてた。婿殿に逃げられた娘
の母の気分でほとんど錯乱状態。

 みちるの兄猫の故ちるちるのことを少し。里の母が臍の緒のついた目も開か
ない仔猫をスポイトで牛乳をやって奇跡にも育てあげた。その中の一匹が紺碧
の素晴らしい目をした白猫だった。そんな時、里の小屋に野良が二匹の子を生
み一匹は紺碧を少し薄めた青い目の仔猫で、これがちるちるだった。野良婦人
は家に上がり込んで居着いた。夫の紺碧君はどっかへ行ってしまった。喧嘩が
絶えなかったらしい。

 そんな経緯から、ちるちるに関しては母猫も父猫も私は面識(?)があるわ
けである。みちるは紺碧の目でもないし、白猫でもないので、紺碧君を父猫と
は確定できない。

 紺碧君の息子ちるちるは、のんびりした弱虫猫だったが、賢い黒兵衛は一目
おいているように振舞って波風をたてないので私は喜んでいた。その矢先に黒
兵衛が居なくなったのだ。車で家に帰る途中に近所で猫の大鳴き声を聞いて、
あわてて停車して、捜した。黒兵衛が道に迷って鳴いていると、とっさに思っ
た。みちるのために連れ帰ってやらねば。

 ところが、鳴いていたのは白猫だった。この白猫との出会いが私の人生を決
定づけた。つまり、十六匹もの猫の電車を走らす原因になったのだ。

 黒兵衛が夫に付いてきたのと同じに、子供の白猫は私に付いて来た。
お腹も空ききっていたらしく、誰でも何処でもいいからという必死の形相だっ
た。空腹らしく、皿に前足を突っ込んでガツガツ食べる。一応腹がふくれると
次は盛大な愛想を振りはじめた。膝に飛び乗りゴロゴロ喉を鳴らす。
ちるちる・みちるの存在は意に介していないふうだった。
首輪はないが、馴れ馴れしいから飼猫である。
「雪之丞の血縁かもね」と、思ったらもう懐かしい雪之丞のイメージがだぶっ
てこの猫にご飯をやることが雪之丞への供養になると思いはじめた。

 仔猫だったちるちる・みちるを可愛がってくれたお役者若衆猫の雪之丞。猫
の義を曲げて、人間の情にこたえてくれた雪之丞。彼につながる縁かもしれな
い白猫をムゲにはできないと考えた。

 雪之丞のエニシに繋がる猫ならばと(小雪)と名付けた。シミひとつない純
白毛なのに、尻尾がよじれている。それもくるりと上に巻きあげて。マンガに
出てくる犬のポチみたい。「これじゃ捨てられたんだね」
(小雪)はとにかく食べる。先住者に対するエチケットなしで、餌にとびつき
ガツガツと最後まで食べている。ちるちる・みちるは怒るのも忘れてあきれて
いた。そして、臭いおならをするのだ。「これじゃ、捨てられるわね」

 黒兵衛は一週間の外泊の後に戻って来て、みちると私を狂喜させてくれた。
その時点で我が家は四匹の猫がくらすことになった。大皿でキャットフードを
いっせいに食べる様子はなごやかで仕合わせな情景だった。

 子供のいじめ問題が日夜報道されている昨今、我が家の猫達は平和だった。
みちるを膝に抱いて「小雪は臭いおならをするから捨てられたらしいのよ。可
哀想だね。美猫のみーこ。素敵な尻尾」と言えば言葉がわかるように、彼女独
特の前足のモミモミのダンスを膝の上でする。みちるは鋭敏な感じの猫で、家
のそとでは警戒心をまるだしにして、私にもよそよそしくする。そのみちるが
黒兵衛に媚態をしめしたり、小雪に鷹揚に対しているのは私をこよなく仕合わ
せな気分にした。

 結局は白猫小雪は平成十年四月、コギャルのくせに子を八匹も生んだ。それ
もみちるの五日後に。
八匹とはちと多いではないか。八匹の中の五匹が青い目の白猫だったのだ。
ちなみに小雪は青目ではないからちるちるの胤に間違いはない。
紺碧君を少し薄めた青色目がさらに薄まり水色になっていた。
五匹の水色目の白猫のネーミングに私は苦悩の数日を過ごした。
白猫五匹の中にそっくりさんが二組あった。そっくりさん達はあとでネーミン
グにまつわる秘話をゆっくり紹介することにして、ここはちるちるのコピーで
ある一匹に『ちる平』と命名したことを記す。

 ちる平は面白い猫である。
彼だけが耳と尻尾に薄茶色が入っている。
父猫ちるちるの特徴をそのまま受け継いでいる。耳から目のあたりまでほんの
り赤く、酔っ払いのような顔に見える。それに彼だけが、目の色がとびきり薄
い。酔眼朦朧とした風貌は、からかわずにはいられない。

 「ちる平君。君は父ちゃんにそっくりだね。君の父ちゃんはどこに行ったん
だろうね」と、言うと短い声で「ニッ ニッ」と鳴いて膝の上ではしゃぎまわ
る。ボタンを噛んだり眼鏡のチェンにさわったり、盛大に喜びを表現する。

 たくさんの猫と暮らして初めて知ったことであるが、猫の中には抱かれるの
が好きでないのもいるのである。
十六匹のうち、なにがなんでも膝に抱かれてやろうとアタックしてくるのは三
匹だけである。
私が腰を降ろしたり、しゃがんだりしたら膝に飛び乗ろうと駆け寄って来るの
は三匹だけ。永遠に抱かれていたいが抱き上げられるまで膝元で待っていると
いう超消極猫が一匹いる。虎猫の彼女についてはだいぶ後に紹介することにし
ている。抱かれたいナンバー・1がちる平というわけである。
彼の父猫ちるちるはいつともなく消えていった。外泊の日にちが、だんだん長
くなってついに帰らなくなったのだ。

 ちる平の母である小雪は、お腹がどんどん膨れてコギャルからヤンママにな
った。みちると黒兵衛のような相思相愛の関係は小雪とちるちるの間では目撃
できなかった。
色気より食い気一本の小雪のお腹がどんどん膨れていった日には、肝が潰れた
ね。
この後に及んでみちるのお産を歓迎して、小雪はいけないとは言えるものでは
ない。コギャルはシロフグのようになりながら、顔はリンとして美しくなって
いった。

 私には娘と嫁のお産を同時に引き受ける、お婆ちゃん役を擬似体験できると
いうわけだ。
生まれた八匹のうち一匹だけがお乳を飲めずに死んだ。これが、黒毛で尻尾が
捻じれた輪形になっていた。黒兵衛そっくり。名前のないうちに土に還った。
黒兵衛の奴め、胤を一個こっそり仕込んだというわけである。猫の世界では咎
めることではないのかな。                 (次へ続く)

    <おぼえメモ>


ちる平 平成10年4月12日誕生

 

 


ちるちる(ちる平の父猫)
 弱虫だが、やさしい猫だった
 外泊が続いてついに帰らなくなった
  平成11年春ころ

小雪が元気のない黒兵衛の子を世話し
ている

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