只今十六匹にて候  <三両目は母猫『みちる』>

 その昔、少年の夢は電車。空箱を並べては
「チンチン ゴー」と言って遊んだそうだ。
この十六連結の猫列車は夢ではない。信じられない現実なのだ。

       *       *       *

 実家の母からの電話でこの実話物語がスタートした。野良が生んだ二匹の仔
猫は、尻尾は長く真っ直ぐだった。結局、離れ離れは寂しがるだろうからと、
母に丸め込まれた感じで、二匹共引き取ることになった。日産ブルーバードで
連れ帰ったので名前は、(青い鳥)にちなんで、ちるちる・みちるにした。

 ちるちるは紺碧をちょっと薄めた、青色の瞳をもつ白猫で、おっとりした雰
囲気のオス猫だった。数ヶ月前にいなくなり、帰って来ると信じていたのだが
、まだ帰らない。猫と暮らしていると、突然の別離に足元をすくわれた思いに
陥る。事故にあったのか、迷子になったのか、それとも嫌われたのかと、日夜
悩むのである。

 妹猫の『みちる』は兄よりひとまわり小さく、日本猫としてはスタンダード
なルックスである。目の色は青くない。
白い躰に渋い紬の羽織を着て、富士額に黒くめばりをした瞳が小さな顔の中で
はっきり表情を表わしていた。おっとりした感じのちるちるとは対照的にきび
きびした猫で、特徴はムチのように細く長いしなやかな尻尾である。

 雪之丞の将来お嫁さんにと、極道息子を持つ母親が家に息子を繋ぎ止めるた
めに密かに策を弄する、そんなお芝居じみた気分に私は入っていた。
その当時、私は猫に首輪を付けることには反対だった。あちこち自由に歩きま
わる猫が細い所を擦り抜けた時に首輪に何かが引っかかって抜けられなくなっ
ては危険であるから。

 雪之丞も首輪はしていなかった。
遊び相手の妹猫が亡くなって、そろそろ年頃になっていたのだろう、外泊もす
るようになっていた。ある日、水色のリボンを首に結んだ白猫が家に入って来
た。雪之丞ではないか。「君は、ウチの猫でしょう」とすぐに、外した。外し
ても外しても水色のリボンを首に結んで帰る。白狐のような雪之丞に、水色の
リボンは心憎いほどよく似合っていた。

 外した水色のリボンが四・五本もたまった頃、たまりかねて、ついに私も行
動に出た。
《名前は雪之丞と申します。だいたい一歳です。可愛がって頂いているようで
有難うございます。お宅に泊めていただいたりもしているのでしょうか?》と
結び文を赤いリボンで首にくくり付けてやった。

 そしたら、奴は返事をくくりつけて帰って来た。《食事もしますし、たまに
は泊まっていきます》水色のリボンはそれきり付けて帰らなくなった。
「雪や、どこに行っても何をしてもいいけど、必ず家に帰って来るんだよ」と
抱き寄せ耳元に囁く。分かった分かったというふうに神妙な顔をしてみせた。

 実はカメラを始めていた私は『鉄道模型にあそぶ仔猫』を撮りたかったので
ある。夫の少年時代から続いている趣味の鉄道模型Nゲージの世界に遊ぶ仔猫
の情景。これを撮りたかったのだ。雪之丞は成猫になっていて、イメージには
まらなかった。

 オスの成猫のところに仔猫を二匹も連れて来たらどうなるか?
1、いじめる 2、家出する 3、子分にする。どれも考えられるが、私は、
子分にするに賭けた。雪之丞は自立した猫だから彼なりの行動にでるだろう。
結果は、夜遊びや外泊をぴたりと止めて、夜は仔猫の側に寝た。それまではし
たことのなかった、子鼠や子雀を捕えては与えた。
オスのちるちるの方は甘えて胸に潜り込んで寝た。白猫が白仔猫を抱えている
のは実の親子猫の図だった。オス猫の仔猫を可愛がるさまは感動ものだった。
肝心の『みちる』はキリキリした感じの気性なので、兄猫のようには甘えなか
った。

 私のもくろみが成就せぬうちに、雪之丞は平成八年の春の桜を満喫して死ん
だ。享年二歳の若さだった。人間にしたら二十五歳くらいだろうか。
庭の桜の大木の根元、いとしい妹猫の隣に眠る。猫は死に際に身を隠すと一般
に言われているが、二匹共に庭の一隅に埋葬できて私は幸せである。雪之丞に
とっては、猫としては不本意だったかもしれないが。
亡くなった雪之丞と妹猫の思い出は山盛りにあって困ってしまう。追って少し
ずつ話したい。

 雪之丞と妹猫が二匹出窓に並んで、外の柿の実に群がる野鳥を呆然と見つめ
ていた姿は写真に残したかった。と、今でも思い出す。

『みちる』は恋をしておこげ・あわびの母となる。私は彼女の恋の目撃者であ
る。次の車両に乗り込むのは、みちるの伴侶となる粋な奴である。
                             (次へ続く)

    <おぼえメモ>


みちる 平成8年春に実家の物置きで
    誕生する 母は野良婦人
    平成11年9月現在、猫ファ
    ミリーのゴットマザーとして
    頂点に君臨している

 

 

 


みちるの生んだ、おこげとあわび

 

 

 


みちるは小雪の子も分け隔てしないで
育てた

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