只今十六匹にて候  <二両目は『あわび』でござる>

 猫電車の発想は自分でも可笑しい。
仔猫をNゲージ電車の線路に配して撮ったら面白いぞ、という思いつきが実現
しないままだったのが潜在意識にあるのかも知れない。

       *       *       *

 おこげの姉妹の名前には苦心した。
二匹はそっくりさんで、おこげには一番に名前を付けて赤い首輪を約束した。
二番手だから可愛さが二番目というわけではないよ。この点に私は非常にこだ
わった。そっくりさんなのに、この仔猫はおこげより尻尾が短い。ルックスで
も負けている。
ここで白状するが猫は尻尾が真っ直ぐで長ければ長いほど美形であると、私の
母も妹弟も信じている。我が血族だけの好みなのかもしれないが、短い尻尾は
品がないと思い込んでいた。

 あしかけ九年間同居して九十一歳まで生きた舅がよく口にした言葉にこんな
のがある。「自分の子供というものは可愛いもので、たとえ顔がゆがんでいて
も、そのゆがんだところが可愛いと思うもんでの、親とはそんなもんじゃ」
舅とお別れしてかれこれ二十年以上も経った。
今頃、十六匹と暮らすようになって舅の言葉が蘇った。
尻尾にも、短いのやよじれたのや蛇行型だの信じられないのもあって、長くて
真っ直ぐだけがいいとは言えなくなった。
我が家の猫ゆえ、ゆがんだところが不憫でことさら可愛いのである。

 『おこげ』に退けを取らない名前はないか。猫におけるネーミングのポイン
トはまず身体的特徴からはいるのが一般的であろう。毛色が白くも黒くも灰色
でもなく、模様もなければ縞もなく、保護色というのが一番ぴったりくる毛色
である。
このままジャングルに放したら山猫だ。庭を歩いていても目立たない。木登り
すると忍者のように木と一体になってしまう。
『忍者』も『くのいち』も呼びにくいし、『おこげ』のユーモラスな可愛らし
さに釣り合わない。
二匹はいわゆる可愛い猫ちゃんとは言い難いタイプの猫である。だからこそ、
可愛い名前で呼んだり話しかけてやりたい。
抱き上げるとするりと滑り抜ける。撫ぜてやると身を沈めるようにして避ける
のだ。二匹は人間に触られるのが好きではないようなのだ。
「人見知りでは?」とんでもない。
二匹は食テーブルの下で育ち、家族の話し声を子守歌にして離乳時までいたの
です。祖母は野良でもママは我が家に来てからはお嬢様育ち。

 『おこげ』に退けをとらない可愛い名前。二番手を感じさせない名前。
あれでもない、これでもない、と悩んだ結果、いっそのこと、私の個人的な嗜
好を全面にズバーと打ち出そう。人目もはばからず。
子供の時から食べ物で何が好きかと聞かれると「あわび!」と答えていた。

「今は高くて食べられない。食べたい食べたい、『あわび』ちゃん」
愛想のない彼女にはこのフレーズで迫ろう。
いつかそのうち喉を鳴らしてくれるように。

 『あわび』に決定。満足なネーミングである。
個性がないように見えた『あわび』に意外な特性が見えた。
夏の夜、庭でレンガを並べ炭火をおこしてバーベキュウまがいのことをした時
のこと。
仔猫達は夜は庭に出たことがないので、家で大人しくしていたのに、『あわび
』だけが飛び出してきて、ほたての貝焼きに飛びついた。「あわびがほたてを
食べている」囃し立てているだけで楽しくなった。
また秋晴れの日に、岩木山麓の獄高原産のとび切り美味しいとうもろこしを食
べていたら、いきなり膝に飛び上がり、とうもろこしの反対側に噛みついてき
た。「あわびととうもろこしの噛みっこ」これも笑えるフレーズであった。
『おこげ』に負けない『あわび』の誕生である。

 この姉妹を生活の便宜上、識別するために、『おこげ』には赤い首輪を付け
たが、もう片方に黄色の首輪を付けたんでは、赤い方が主で黄色の方が従だと
いうふうに、なってしまう。これでは気に入らない。
このあたりが猫好きのこだわりというか、独り善がりの楽しさである。
赤い首輪に負けない首輪なんかないしなあーと、ぼんやり思案していたら、ビ
ビッと閃いた。
彼女等にはれっきとした、父猫がいるのである。おこげとあわびの二匹の姉妹
には両親猫が揃って居るのである。
『あわび』の首輪はパパ猫が付けているのを、外して貰うことにしょう。
このアイデアに私はウキウキして口笛でも吹きたい気分になった。
父猫の身につけている首輪を貰えるなんて、なんという幸せ、赤い首輪に負け
ない首輪はこれしかない。
たとえ色目も褪せて古びていようとも問題ではない。

 次回はおこげとあわびの母猫を紹介します。        (次へ続く)

     <おぼえメモ>


あわび 平成10年4月7日誕生

(後記・平成11年7月8日に轢死。
近所の墓石屋さんのほっけの開きを盗
ったのはあわびであろう。美食追求の
持って生まれた彼女の特質が死を招い
た。)


元気に遊んでいた時のおこげ・あわび
の姉妹

 

私は読売新聞日曜版のファンである。
マンガの「あたしンち」をとくに愛読
している。「サザエさん」で育った年
代なので、子供達の少年誌のマンガに
はなじめなかったが、「あたしンち」
は面白かった。ピリッとしてなく、エ
スプリもなく、なんとなくダラッとし
ていておかしいのだ。

私はマンガの「たちばな」さんちのお
母さんに自分が似ていると思うので、
「只今十六匹にて候」の文章も日曜版
にぴったりだと思うようになった。
読売新聞日曜版の紙面で我が家の十六
匹の猫が読者の皆様にメッセージを送
ることができたら素晴らしいではない
か?
この妄想に取りつかれ私は、日曜版を
ことさら、熱心に見るようになった。
「たちばな」さんちのとなりの紙面に
我が家の猫が並んで、全国の皆様のご
きげんを伺うなんてチョウすてき!

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