只今十六匹にて候  <一両目は『おこげ』と申します>

 お猿のチンチン電車というのはあるが、猫の電車というのは聞いたことがな
い。まあ、固いことは言わずに、許されよ。
一両目にどの猫ちゃんを乗せるかは苦慮したよ。十六匹も居るんだからね。

       *       *       *

 世の中で何が楽しいといって猫のネーミングほど楽しいものはない。
猫は勝手気儘に生きる動物であるが野良でないかぎり人と暮らす。
名前をつけてやるということは、お前さんの生活の面倒は私がみるよというこ
とでもある。パトロンの気分かもね。

 津軽の春は遅い。四月だというのに桜の蕾はまだ固く、山しゅうゆだけが黄
色い花を満開にしていた平成十年、初めに四匹の仔猫が産まれた。
プロローグに登場した実家の小屋で産まれた二匹のうちのメスが母猫になった
のである。
私の当初のもくろみはこのメス仔猫が将来、雪之丞の子供を産んでくれればい
いなということだったが、世の中、思い通りにことは運ばないものである。

 もっとも、最初は思い通り以上のことがくりひろげられた。
仔猫を連れ帰ったところ、雪之丞は生意気な男衆になっていたのに、夜遊びも
ぴたりとやめて二匹の仔猫の世話を始めた。
長い尻尾をパタン・パタン動かして仔猫をじゃらしては遊ばせたそれまで捕ま
えたことのない小雀や子鼠を捕まえては仔猫達に持ち帰り与えた。夜は胸に抱
いて寝た。
雪之丞の仔猫に対する優しさには予想もしていなかったので感動した。
思い通りにいかなかったのは、雪之丞が仔猫の成長を待たずに死んでしまった
ことである。

 話を戻して、四匹が生まれたが、弱そうなのが翌日に死んだ。
お乳に吸い付く力が最初からなかった。この目も開かずに死んだ嬰児の仔猫は
母親似の長い真っ直ぐな尻尾で四匹中で一番整って美しかった。
五日間だけ生きた仔猫は白毛の躰に黒いチョッキを付けた感じで、頭が河童の
ように軸部分だけが可笑しい感じに白かった。尻尾はよじれていた。生きてい
たら、笑わせてくれるキャラクターを毛色に持っていた。
一日生きた猫、五日生きた猫、名前は無い。

 元気に生き残った二匹は瓜二つで、黒でも灰色でもトラでもなく、保護色っ
ぽい色、そうそう子供の山猫といっても信用される色である。二匹とも特徴と
いうものがないのである。ネーミングに苦労するタイプである。

 保護色っぽい二匹は母猫の最大の美点であるムチのようなほそくしなやかな
尾を残念ながら持って生まれなかった。
一匹は尻尾の長さが半端で、もう一匹は長いけれど先にこぶがあった。尻尾の
違いで二匹を識別するのであるが、性格のちがいを手の平に乗るチビ猫に見つ
けるのは難しい。
ところが特徴はすぐに発見できた。尻尾の長いのが、その時居た、九匹の仔猫
の中でピカイチに頭がいいのである。
(二匹の他に、あと七匹の仔猫がその時にいて、私が九個の名前を考えなけれ
ばいけない破目に陥っていたいきさつは、順を追って説明する)

 彼女が仔猫達のなかで、ピカイチだと思われた訳は、まず、おっぱい以外の
猫食にすぐに飛びついた。人間で言えば離乳食に簡単に移行したということで
ほかの仔猫はなかなか食べないで何日もモタモタしていた。
トイレの躾は一回でOK。ウロウロしているので砂箱に入れてやったらおしっ
こをした。次に、うんちの時は自分から砂箱にヨチヨチ歩いて行った。
ほかの仔猫達は教えても教えても失敗した。爪研ぎも台に乗せただけで、さっ
さと研いで見せた。
物怖じしないで庭に出たのも、山しゅうゆの木に登ったのも、その下の土にト
イレをしたのも一番だった。
こんな賢い仔猫はじめて、お前こそ一番に名前を付けてもらう権利がある、と
私は張り切った。

 賢いからと言って、賢そうな名前はつけたくない。傲慢になっては幸せにな
れない。彼女の持味と反対の親しみ深いユーモラスな名前にしたい。
このへんが、猫好きのひねくれた喜びと言うか、猫と暮らす醍醐味の一歩であ
ると思う。

 将来、リーダーになった時に、愛される女親分であってほしいと思った。
苦心の結果『おこげ』と命名した。なんとなく、毛色が焦げっぽいから。
昔、薪でご飯を炊いていた頃に最後に釜の底にこびりついていたご飯を連想し
て楽しいしね。
「おこげちゃんには、赤い首輪をあげるからね」赤い首輪は彼女に対する私の
思い入れのシルシである。

 ところが現在、彼女は女親分にはなっていないし、グループを統率するよう
なこともしていない。
やたらに敏捷で、人間は嫌いではないが、それほど他の猫のように、人間大好
きではないようなのだ。抱かれるのが嫌いらしく、腕からするりと滑り抜ける
。なまこの感覚である。間隔をおいて、賢そうな目でじっと見ている。猫好き
としては解せない。

「私が嫌いなの?」                    (次へ続く)

     <おぼえメモ>


 おこげ 平成10年4月7日誕生

  

 

 


平成11年4月のある日の食事風景

 

 16匹の猫達としあわせにくらして
いた。突然のご近所からの電話による
抗議で猫達がご迷惑をかけていること
を知る。元気な子猫たちが塀を越えて
畑で遊んだり、車にのぼって足跡をつ
けると言う。

 その時から私の苦悩がはじまった。
私のしあわせが、ほかの人の迷惑にな
っている。この現実をまともに受けて
対処するのが、飼い主の責任だと思っ
た。

 それから、ずいぶん真剣に悩んだ。
まず、ご近所を謝って歩いた。
そこで、人々の人情を知った。
猫のおかげで、つらい言葉も貰ったが
あたたかい言葉も貰った。

 私は猫のおかげで受ける辛い気持ち
をまぎらわすために文章を書きはじめ
た。「只今十六匹にて候」はこんない
きさつで始まった。

 猫達の顔を見ていると、元気が出て
いくらでも筆が進んだ。書いている時
は落ち込んだ気持から解放された。

 だんだん興がのって、世間の皆様に
も読んで貰いたくなった。
そして私は、ある暴挙にでた。

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