只今十六匹にて候  <プロローグ>

 実家の小屋に野良が仔猫を産んだらしい。
母のはずんだ声を電話口に聞いた時に、これから始まる『只今十六匹にて候』
実話物語の幕が開く。

 新しいカメラを持ったばかりだったので、仔猫の写真を撮らせてもらいに行
き、撮っているうちになんとなく母猫とも打ち解けて、二匹の兄妹仔猫を貰い
受けることになった。一匹では寂しがるから二匹一緒に連れて行ってくれと母
に頼まれたからである。この母は母猫ではなく私の母である。

 すでに母の家にはただの拾い猫ながら目の色が紺碧のオス猫がいた。
まだ臍の緒が付いていて目も開いてなかった時に母がスポイトで牛乳を与えて
育てた猫であった。当然便も取って躰も拭いてやるわけで、生きのびるのは困
難に見えたが見事に兄弟三匹とも成猫になった。その中の素晴らしい紺碧の瞳
をもつオス猫一匹だけが母の手元に残っていた。おだやかな白猫であった。

 こんな時に野良が小屋に仔猫を産んだのである。二匹のうちの一匹はことも
あろうに青い瞳の白猫であった。紺碧をちょっとだけ薄めた青色の目ではある
がまっこと白猫であった。「お前も、なかなかやるじゃない。」と母は仔猫を
認知し母猫に餌をやっていたら家に上がり込んで、夫婦気取りでくらしはじめ
たが、そこは猫とて育ちが違いすぎたせいか喧嘩が絶えずに、とうとう父猫は
すべてを母猫に譲って家を出て行ってしまった。猫とはいえ夫婦の問題なので
母は手をこまねいていたらしい。

 仔猫の可愛らしさも勿論だが、私が仔猫を欲しかったのにはいま一つ訳があ
った。
当時、私の家には雪之丞という白猫が君臨していた。   
雪之丞は白狐を連想させる風貌の猫で、私は彼のトリコになっていた。今だに
雪之丞という名前を口にしただけで追憶に浸ってしまう。気を取り直して話を
すすめるが、雪之丞には彼の妹猫らしい薄赤色の美しいメス猫がいたのだが彼
女はその時は亡くなっていた。妹猫らしいというのには訳があって、彼等が母
を同じにしているという確認をとっていなかったからである。片手に乗るほど
のチビながら、相前後して我が家に自分で勝手にやって来た。先に来たオスは
白猫で、数日後に来たのはメスの赤毛仔猫でひとまわり小さかった。
彼等が兄妹だと思っているのには二つの訳がある。その一つは、出会った瞬間
から仲良しであること。二つ目は、二匹とも尻尾が見事に長く真っ直ぐであり
、更に指でまさぐった時に分かるのだが尻尾先端部分の骨がまったく同じに曲
がっていた。尻尾の長さと骨の先端部分に類似点をもっている。この二点によ
って兄妹と認められる。
只今、十六匹を擁してみると、同腹でもオスとメスの大きさがいちじるしく異
なるものもいることが分かったから、彼等が兄妹であることはほぼ明白になっ
たと私は思っている。
この薄命な兄妹猫のことを思い出すと、共有した幸せな時間が鮮明に蘇る。

 この兄妹猫が来る、たったひと月前までは十六年間堂々と家族の中に位置を
占めた老猫がいたのである。十六年間を共にした犬もほとんど時を同じくして
亡くなっていた。
老犬と老猫がいなくなって、飼主としての不実を詫びる心持ちと、解放された
喜びが混じり合っていた。
「もう、生き物は飼わない」夫と意見は一致していた。
犬は下の子が三才の時にアマチュア愛犬家からお金で譲ってもらうはめになっ
たシェルティであり、猫もアマチュア繁殖家から買うはめになったペルシャ猫
であった。
夫が少しはマシな犬や猫を飼いたいと言い出したから買うはめになったのだっ
た。
そもそも、私が子供の頃は不審人物に吠えるのが任務の犬とネズミ退治のプロ
フェショナルの猫は生活に不可欠な助っ人だが、少なくとも、私の生活の周辺
では売り買いはしていなかった。犬と猫は子供の一番の遊び友達だった。

 順をおって話すと、老猫が亡くなって約ひと月くらいたった、平成六年八月
十三日、舅の二十年目の命日の朝にガレージの車の下で仔猫が鳴いていた。雪
之丞の時を心得た、心憎き登場であった。純白の仔猫ながら、おかしくも頭の
てっぺんに黒い斑点を頂いていた。これが《雪之丞変幻》のお役者髷から連想
して付けた名前の由来であった。
十六年飼っていた老猫を亡くして、もう猫は飼うまいと思っていたやさきのこ
とであった。十六年も暮らしを共にした猫を『飼う』という言葉でしか表現で
きなかった自分を今は恥ている。ハイジ許しておくれ。お前は、ブルーと呼ば
れる灰色のペルシャ猫でその美しさは一流だったよ。お前は私の息子達の乳母
だったのかしらね。お前の髭をお守りにして大事に筆箱に入れているのを知っ
た時はショックでした。
受験勉強中もこっそり本箱にひそんで息子のそばにいたらしい。母親の私は知
らなかった。
 雪之丞を語るとハイジが顔を出し、ハイジを語るとミルキーが鮮やかに踊り
出す。美しくも哀しい純白の難聴のペルッシャ猫ミルキー。この超エキゾチッ
クなペルシャ猫二匹を同時に妻にした、混血失敗猫のトム。トムよ君はナイス
ガイだったよ。
嫁いで来た時に先住者として舅と並んで座っていた哲学者面のB太郎。あなた
の頑固哲学は新米妻の私を困らせたよ。
結婚してかれこれ三十年になるがその間八匹の猫に四匹の犬と暮した。十二匹
とさようならをした訳だが、ひとつひとつが貝の中の真珠玉のように私の中で
眠っている。

 はた迷惑な物好きと言われても、弁解の余地のない私が、十六匹を抱えて、
じわじわ窮地に追い込まれていく現実にあって《何をなすべきか?》と日夜苦
悶のなか、ある日、蒲団のなかの目覚めの瞬間に天の声を聴いた。
<お前の愛読する大新聞に十六匹を一匹づつ登場させよ>
今や天の声は私のなかで野望と化して燃えたぎってきた。
外出自由の生活をしている我が家の連中との別れは何時突然襲って来るか分か
らない。
この点に私の焦燥がある。猫は自由な生きもので、自分の生き方を自分で選択
する。このことを私は知っているから、天の声に従ってかれらの一匹一匹をこ
ころを込めて文字に置き換える時、私は別離の不安から解き放たれ、かれらと
の出会いを意味あるものにすることができるのだ。

 プロローグがいくらでも続いて終われない。物書きでない素人の哀しさであ
る。あれもこれもと話のテンコモリである。『ただいま、十六匹にて候』と題
も決めているのに十六匹が登場しない。これでは発車する前に脱線した列車で
ある。十六両の連結ができているのに。
なにはともあれ、発車だ!
十六連結の猫列車の発車だ!                (次へ続く)

     <おぼえメモ>

平成10年11月5日、私は55才に
なった。その時点で我が家には、16
匹の猫がいた。突然の別離の悲しさを
まぎらわすために16匹の記録を書く
ことを思い付いた。


そこで題を<只今十六匹にて候>にし
た。平成7年8月に雪之丞が迷い込ん
で来た時の、体重600グラムの証拠
写真。

 

 


ありし日の雪之丞(平成9年春死亡)

 

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