《返された猫》
フリーマーケットに子猫を出す件は完全な失敗に終わった。
意気消沈の日々、「子猫を欲しいという人がいる」と通報があった。
今度は失敗しまいぞ。
ところが、選ばれてもらわれて行った『横浜君』は三日間も大鳴きして四日目
に戻されて来た。
「あっぱれ、頑張ってよくぞ、戻った」夫は長岡家に五歳で養子に出されて、
実の親を慕いながらも、ききわけよく養子先に居着いてしまったことを後悔し
続けた人生だった。(大好きな電車の玩具を買ってもらったことから、養家先
に居着いたと聞いた)
「チビ猫とはいえ偉い奴だ。意志を貫き通して帰って来た。今日からお前は養
子帰りのひろっちゃんだ」夫は自分が幼少時になしえなかった大泣きを、堂々
とやりとげて、親のもとに戻った子猫を羨望(せんぼう)をもってほめそやし、
幼少の愛称『ひろっちゃん』をこの子猫に自ら賜わった。
『横浜君』改め『ひろっちゃん』となる。
長いしっぽの純白毛に、目は幸福を呼ぶ金目銀目でファミリーいちの美少年猫。
ところが折角戻って来たのに、恋ごころが芽生え初めたころ、春風にさらわれ
たように消えてしまった。
粋な黒べえのように、どこかの美少女猫に熱愛されて、家に帰れなくなってし
まったのだと風の便りにでも聞きたいと思う。
《やって来た野良の子猫》
見知らぬ子猫が一匹、庭先に迷い込んでいる。
うちの子猫たちより一回り小さい。庭のどこかにひそんでいるらしく、現れて
は餌を食べる。野良の子らしく、人を見たら逃げる。
そのようすが、お尻に帆かけてシュラシュシュシューのようでおかしい。
『風のまたちゃぶ朗』といつからか呼ぶようになった。
このファミリーでくらそうと、孤児猫『またちゃぶ』は考えたらしい。
他の子猫と一緒にみちるママのお乳をしゃぶっている姿は心打つものがあった。
母猫が受け入れているのを私が追い出すわけにはいかない。
人に頼らなければ生きられない猫が人を信じることができないのは不憫(ふび
ん)である。視線を交えないようにして数か月を経たある日、何気ない風を装
って頭を撫ぜたら、体を固くして受け入れてくれた。
徐々ではあるが心を開き、ついには用心深いが甘えん坊の『またちゃぶ』が誕
生した。
《居候(いそうろう)猫》
近所の飼猫である洋猫は汚い乱暴者でうちの猫を追いかけ回して苛めたうえに、
食事には来る。ほとほと困っていると主人が「ファミリーに入れて、性格改善
をしたら」と言う。
優しく接して、鎧(よろい)のように固まった毛を毎日少しづつ鋏んできれい
にしてやった。
改心した彼は濃厚な愛情表現をする猫になった。
我が家では彼を『ホリゾン』とよんでいる。たまには実家にも帰るらしい。
武勇伝を猫得々と聞かせけり
(第十話に続く)
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