ニャンともはや物語  第十話 ご迷惑をかけている皆様へ

「干してるほっけの開きは盗らないこと」
「よその車には上がらないこと」
「よその畑は荒らさないこと」
「大声で鳴きわめかないこと」
「ウンコはよそでしないこと」
「ともかく、うちの敷地で遊ぶこと」
 私は十三匹を前に訓辞をたれる。
もちろん、居候のホリゾン氏も孤児だった又ちゃぶ君も鎮座(ちんざ)してい
る。ご近所に気兼ねしている私の気持ちを知る由もない猫達はのんきな顔をし
ている。

 五段の棚を二つ並べて、棚にはカゴや箱や桶を並べてある。猫達の寝床であ
る。ご近所へのご迷惑に、夫は犬舎ならぬ猫舎を建てて十三匹を軟禁すると言
い出した。猫の本質を理解していない。猫は居たい所に居るのであって、置い
てやって有り難いと思う動物ではない。証拠に別れも告げずにプィと家出する
ではないか。自分の生きるスタイルを自分で選ぶ。よその飼猫が我が家に居候
するし、我が家の猫とて外泊して帰らぬ時もある。野良の足を洗って家猫の顔
をして見せるが、これとて本当の猫の心は分からない。

 もしも猫は一家に一匹、というのが常識なのであれば、例外もどうか認めて
ほしい。私はふだつきの極道者をかくまっている気持ちでご近所に謝罪して回
り、飼主の責任として、母猫二匹は勿論、彼女らの娘たちの六匹も避妊手術は
した。人間の独善で猫に避妊した私。やり場のない、怒りに似た絶望感。
我が家に集合したもの言えぬ猫に詫びたい。

 雪之丞というオス猫は子猫を守り、闖入(ちんにゅう)してきた猫と戦い片
目をつぶすケガをした。十日も帰らない雪之丞をあきらめきれずに、主人と私
は鈴を鳴らして町内をまわった。食事時にいつも鳴らしていた鈴で、雪之丞は
いつでも飛んで帰って来ていたから。半分は気休めのつもりであったが、町内
をまわって帰宅したら、ボロ猫が玄関先にへたばっていた。雑巾のように変わ
り果てた雪之丞だった。もう一歩も動けなかった。「もう、勘弁してくれ」と
雪之丞は目を閉じていた。見せたくない姿をひきずって出て来てくれたのだ。
数時間後に息を引き取った。死ぬ時は身を隠す習性の猫が、掟を破って人間に
答えてくれたことに泣けた。二歳だった。

 実のところ、私の家の車の上には闖入(ちんにゅう)して来たよそ猫が寝そ
べっている。これが野良猫ではなく飼猫で、うちの猫を追いかけ回す暴君でケ
ガもさせられた。ご近所の苦情におびえてばかりいるのはなさけないと思うよ
うになった。

 人間とは異なる次元で生きる猫たち。もの言えぬ猫たちの生活を未知の方々
にも知ってもらいたく文章を書く気になりました。そして、もっと仔細に表現
したくホームページを開きます。

           花道に散りぬるおわか雪之丞
                    

                              (完了)

     <陸奥新報掲載>

  平成11年11月25日 9面

 

 

 


 在りし日の『雪之丞』
 カメラを向けるとポーズをとる
 猫だった。

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