ニャンともはや物語  第二話 雪之丞という猫

 舅(しゅうと)の二十年目の命日の朝、ガレージで子猫の鳴き声。雪之丞の
時を心得た登場であった。平成七年八月のこと。

 純白の子猫ながら、おかしくも頭のてっぺんに黒い斑点(はんてん)を頂い
ていた。これが《雪之丞変化》のお役者まげから連想して付けた名前の由来で
ある。十六年も生きた老犬と、老猫を同時に亡くした直後で、飼い主として不
実を詫びる気持ちと解放された喜びに浸っているやさきのことでした。

 もう生き物は飼わないと家族で話あっていたのに、手のひらにのるほどの子
猫が声をかぎりに鳴いているのを無視はできなかった。「おじいちゃんの命日
だしね」子猫を助けるのが供養になると家族は納得しあった。

 当時は猫に首輪を付けない主義でした。細い所を擦り抜けた時に引っかかっ
ては危険だからです。雪之丞も首輪はしていなかった。ある日、水色のリボン
を首に結んで雪之丞が帰って来た。

 「君は、ウチの猫でしょう」とすぐにはずした。白狐のような雪之丞に、水
色のリボンは心憎いほどよく似合っていた。はずした水色のリボンが四・五本
もたまったころ、たまりかねて私も行動に出た。

 《名前は雪之丞と申します。だいたい一歳です。可愛がって頂いているよう
で有難うございます。お宅に泊めていただいたりもしているのでしょうか?》
と結び文を赤いリボンで首にくくり付けてやった。そしたら、やつは返事をく
くりつけて帰って来た。《食事もしますし、たまには泊まっていきます》と。
水色のリボンはそれきり付けて帰らなくなった。

 「雪や、どこに遊びに行ってもいいけど、かならず家には帰って来るのよ」
と、抱きあげ耳元でかきくどく。「分かった、分かった」というふうに神妙な
顔をしてみせた。

 実は趣味にカメラを始めていた私は『鉄道模型にあそぶ子猫』を撮りたかっ
たのです。夫の少年時代から続いている趣味の鉄道模型Nゲージの世界に遊ぶ
子猫の情景。これを撮りたかったのです。雪之丞は成猫になっていてイメージ
にはまらなくなっていました。

 オスの成猫のところに子猫を二匹も連れて来たらどうなるか?

 結果は、外泊をぴたりと止めて、夜は子猫のそばに寝た。子ネズミや子スズ
メを捕えては子猫たちに与えた。親ではないから、教育というよりプレゼント
のつもりなのか。

 オスの『ちるちる』は甘えて喜んだが、メスの『みちる』はキリキリした気
性で、兄ほども甘えなかったが、夜には雪之丞の胸で乳房をまさぐっていた。
サンズイの形に寝ている三匹の姿を美しいと思った。

 あの雪之丞も猫にあるまじき凄惨(せいさん)な死に際を見せて今は亡い。
ご近所への猫のご迷惑に心責められながらも、別れた猫に対する追憶は尽きな
い。

         草じらみ猫の心は知りがたく
 

                         (第三話に続く) 
            

     <陸奥新報掲載>

  平成11年9月30日 7面

 

 


親分『雪之丞』の前で、かしこまって
いる、『ちるちる、みちる』の兄妹

 平成8年夏頃、台所で撮影

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