44 ラルフ氏へ 21個のたこ壷
ラルフ様 御机下。
前回では壬生忠岑(みぶ ただみね)と壬生忠見(ただみ)の父と息子の歌を覚えるための私ならではの
バカバカしい打ち明け話をしました。この手の戯れごとをほどこさなければ、66歳の前頭葉はピクリとも
働いてくれないのです。試みに前日覚えた筈の歌を思いだそうとしても、まるでダメなのです。
今からこのように脳が衰えてしまっているのであれば、これから先の年月は坂をころがるようなもの。
何とかしてこの坂を緩やかなものにしなければと心に決めました。
脳を亡霊に支配されたくはないという堅い決意でまずは和歌の暗唱に取組んだのです。
ノートに何度も何度も書き込んで覚えるのですが、わからない言葉は徹底的に調べます。
日本人には手垢のついたような百人一首の和歌でも、自分の錆び付いた脳が受け付けるとなれば新鮮な
疑問点が浮上してきます。
和歌の内容を思い浮かべながら一心不乱に書き写す行為は脳のジョギングのようです。
亡き舅が庭の草花を写生して、今の私と同じような感想を述べていました。
「草花と一緒の気持になってそれは良い心持ち、、、」
そこで、表題の21個のたこ壷の意味ですが、昨日迄に覚えた21首 を、早朝起きがけに書き出してみます。
空っぽのたこ壷に蛸(和歌)がおさまると万々歳という訳です。
蛸の足が数本ちぎれていることもしばしばあります。
たとえば「、、、、今年の秋も来にけり」という蛸が入っていて、正しくは
「、、、今年の秋も往(い)ぬめり」なのです。足が八本の完全蛸ではなかったというわけです。
契りおきし させもが露を命にて あわれ今年の秋もいぬめり 藤原基俊(ふじわらのもととし)
『させもが露』の意味を調べると、させも草はよもぎ草の異名であって、よもぎ草におりた露で命をつないで
いるという意味。あたまの『契りおきし』は男女のなまめかし関係ではなく、主格筋に息子の
就職を依頼して受け入れない哀しみを季節の移り変わりに託して歌った。
解説書を読んで真意が解ると、恨みっぽい感じがでていて、男らしくない。
たこ壷の21個というのは、下の句が『あ』で始まる句が8首、下の句が『ひ』で始まるのが10首、
下の句が『い』で始まるもので上の句が『あ』が3首で、合計して21首になるという勘定なのです。
ちなみに、下の句が『い』で始まるもので上の句が『あ』の3首 を暗記したのをご披露しましょう。
有馬山猪名の笹原風吹けば いでそよ人を忘れやはする 大弐三位
淡路島かよう千鳥の鳴く声に 幾夜寝覚めぬ須磨の関守 源兼昌
あらざらむこの世のほかの思い出に いまひとたびの逢うこともがな 和泉式部
さて表題たこ壷21個を今朝がたは充たした私はことのほか満足な一日のスタートを切ったことを報告します。
実は足が足らない蛸も数匹いました。
(2010.03.31)