172 ホームズから(進化論の船長について。その1)

                              
 親愛なるワトソンへ、

船旅をする楽しみのひとつに読書がある。 
船にはふかぶかしたソファや模擬ではあるが暖炉までそろっている図書室がある。 
1000冊にあまる書籍はフィクションの他、地理旅行記、歴史、伝記、自然科学、政治経済、
と棚別に分類されている。 
僕がいつも手を伸ばすのは地理、歴史と伝記である。 
ことさら旅行中の区域に関連した文書がみつかったら最高だ。 
今回は得にラッキーだった。

僕は南アメリカ大陸の南端、南緯53度あたりを航海していた。 
その昔マジェランが大西洋から太平洋に抜ける水路を発見してマジェラン海峡と名づけら
れた場所だ。 
現在のアルゼンチン南端にあたる大西洋海は非常に荒く船乗り泣かせであった。 
(現在もそうで、僕たちの船は今回停泊する予定だった港を通過したものだ。) 
だからその南端をすぎて東側にたどりつた時にその海のおだやかさに驚嘆して“太平洋”
と名づけたのである。 

その後、ダーウィンがそのあたりも含めてビーグル号で世界一周して沢山の標本をあつめ
て進化論の基盤にしたこはよく知られている。 
ところが、あのダーウィンがそのような大発見をする5年にもわたる航海をすることになったのは、
まったくの偶然だったということを僕はこの本を読むまで全くしらなかった。 

そのきっかけはロバート フィッツロイ (Robert FitzRoy) という22歳になる若い船長である。 
          (続く)            

                     (2010.04.06掲載)

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シャーロック様
現役を引退されて何十年になりましょう。
長年のファンとしましては、たとえ御存命が幻であっても、シャーロックのエキスが
漂うだけで嬉しゅうございます。長い船旅中に古書と巡り会ったシャーロックの深い
思索をめぐらす空気に私のような古いファンは固唾(かたず)を飲んで身を震わせます。
シャーロック様、どうぞ老いぼれた私を今ひとたびの青春を思い出させてください。
熱烈なる老ファンより

      あらざらむホームズさまの面影に 今ひとたびの逢うこともがな

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またたび別館編集部の独断にて読者の声を随時掲載することにしました。
尚、本記事に関しての投稿のありしだいに不定期に載せます。
だから熱心な読者は、時々はご覧になることをオススメします。
新しい読者の意見を読むことができるかも知れません。
ザンシンな試みであると思います。(しんちゃん)

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編集部しんちゃんへ
若々しいしんちゃんのファンになりました。あなたのオシゴトに対する熱意にピンとくるものを
カンジました。どんなオシゴトでも自分らしさがショウブだと思います。
昨日とは違う自分でありたい。コウジョウした自分でありたい。
   エンゲキ志望の女の子 (2010.04.26 記)

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編集部慎太郎殿
創作原稿ですが読んでご批評をたまわりたい。

  <寿司屋の宴>

女は上等そうな渋い着物をきっちり着こなして高揚した面持ちで座布団に座った。
呉服屋を定年退職した祝いの席を自分でしつらえて家族と嫁がせた娘の家族を招待したのだ。
小路の寿司屋の二階の こじんまりした小部屋は全員座るといっぱいだった。
孫の男の子は母親が用意した花束を差し出した。
招待された娘家族も、もしかしたら家族さえも驚いたかもしれないセレモニーが用意されていた。
本人が退職の感動を作文して懐に忍ばせていて、それを取り出して読みあげたのである。
勤めをおえてこれからは社会や皆の役に立ちたいと堂々と読み上げた。
卒業式を連想させられて、ほほえましいのだが寿司屋の二階では吃驚仰天の類ではあったと思う。
自転車で街を縦横に走り回っていた当時の女はまだまだ充分イケルと自認していて、自分の家族
よりも娘の嫁ぎ先家族に高揚した気持ちを高らかに宣言したのであった。
この後で息子の連れて来た嫁との不和にはじまり、連合いの発病など筆舌に尽くせない苦しみが
待ち構えているのを本人をはじめ同席した誰一人として想像もできなかった。
やはり、舞台の主役を演じるのが好きだったのだ。
というより、ようやく脇役から主役に昇格したと昂奮していたのかもしれない。    
                                  2010.05.18投稿


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編集部慎太郎どの  <寿司屋の宴>の感想
君のアイデアで集まった創作原稿を拝読した。 
僕は物書きではないので文章をとやかく批評するつもりはないが、
あの主人公の歳に似合わない奇妙な行動に興味が沸いた。 
あの人物の心理はまるで中学生の時代でとどまっているのではな
いか? 
親と先生にほめられる優等模範生であることが、人生でもっとも
大事なことであると思い込んでいるようだ。 
人間、学校を終えて社会にでると色々なことを経験するものですが、
あの人物にとってはその経験はほとんど影響をおよぼしていない。 
僕がいう”影響”というのは人間性を深めたり高めたりすると言う
意味である。 
幼いときに親や先生から教えられた目標を鵜呑みにして、それを定
年の歳まで持ち続けている。 
それは幼いときに父親を失って、一生褒めてもらう経験が無かった
ためか、あるいは母親は小地主として采配をふるい、親戚に後ろ指
をさされないようにつねに教師として身につけた高い基準に従って
生活したことを見て育ったからであろうか。 
他人に認められ、褒められることを中心にして生活しているようだ。 
       一読者      2010.05.20 投稿

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 <寿司屋の宴>の読後感

わたくしは人生もほどんど終盤の外出もままならない杖を頼りの一人暮らしの高齢者です。
持病のアレルギーも季節ごとに姿を変えてあらわれます。関心ごとは自分の病気だけです。
この世の出来事には、まったく関心がありません。そのわたくしが、寿司屋の二階で宴を
企て娘さんの嫁ぎ先の御家族までも招待したという快挙は胸がすくおもいがいたしました。
宴の席での婦人の夫の様子が描かれていませんでしたが影の薄い存在だったのでしょうか。
察するところ御婦人の退職金の一部でまかなったということでしょうね。わたくしは 同性
としては拍手喝采をいたします。娘の嫁ぎ先というのは裕福にくらしていても、その反対
でも付き合いというのは厄介このうえないものです。それを越えた婦人の行為は無邪気で
好もしいとおもわれます。それに同性としてのカンでは婦人はお着物自慢のかたではない
でしょうか。
        和服愛好家の高齢者

     


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