162 ワトソンの東京暮色(夜の来訪者

 
         

ホームズ殿

亡霊というと何を連想するかといえば日本では古くは戦いで滅ぼされた一族が恨みの顔で往生でき
ずに出てくるというアレだ。男にだまされた女は死んで幽霊になる。うらめしや〜というヤツだ。
ところでホームズ、悪魔というのは日本では縁遠い言葉だが聖書には断食しているイエスに悪魔
が出て来て誘惑のことばをささやく場面がある。
今朝がた床の中でイヤホーンでラジオをきいていたら何の心準備もないところに賀川乙彦という
80才になる作家の談話が耳に流れ込んできた。
賀川乙彦とは精神科医で戦前に東京帝国大学医学部を卒業。医師となってすぐ、当時は非常に珍
しかった精神科医として、死刑判決を受け収監中の死刑囚への対応に当たった稀有の経験を持つ。
今朝のはなしは昨日に続く2回目だったのだが、(一回目は聞き漏らした)ぼくには衝撃的な内容
だった。

昨今、行きずりの人間を無差別に殺すという事件が多数おこっておる。
このことについてのコメントなのだが、事件をおこした人々は一様に「殺す気はなかった。耳元で
殺せと囁かれた」というそうだ。囁く主は悪魔だと賀川乙彦氏はおっしゃる。幻聴というヤツ。
それに関して難しい学術的な名称や著名な研究者のことも網羅されたが、ぼくは門外漢なので
わからない。犯罪を犯した心を病んでいる人と、対面している時に、相手の眼を見ていると
絶対起きないのに視線をはずすと「先生、おれの悪口を言ったでしょう」と幻聴を聞くらしいと
いうことである。ワトソンにはピンと来た。そばに居て眼を見て話し相手になって欲しい相手に
はぐらかされた時に、寂しさと怒りが、屈折したまま積み重なって、悪魔の姿で現われてくる。
 
ホームズ、唐突に亡霊のことを話したりして驚かせたねえ。僕を悩ましている問題に亡霊が大きな
キーポイントだったから、今朝のラジオの情報は天からの通信のように聞こえたのだ。
女ともだちの娘さんの嫁ぎ先のお年寄りの話題におおいに関係があるからだ。



 
      ワトソン          

                            (2010.02.04)


    

 

 


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