158 ワトソンの東京暮色(遠くのホームズへ)

         

 ホームズ殿


君からのハイチ地震の報告からはや一週間になる。日本政府の支援対応がまだるっこいと識者たちはテレビで
わめいておるようだ。貧しい国の人々が応援物資のトラックにむらがる様子に日本国民であれば誰でもこころ
が痛む。ホームズが旅行中に地震に遭遇しなかっただけでも良かったと自己中心なおもいが頭をよぎった。
しかし、東京に移転してきた老体としては、何時来るかもしれないという地震の慢性的恐怖もよみがえる。
そうなったら、おしまいだ。七階に居住するぼくは一巻のおわりだ。
不整脈もヘルペスも緑内障もクソクラエだ。失礼、汚い言葉を発して孫がそばに居なくて良かった。
動かさないと止まってしまう自動巻時計の恐怖感から、心臓を鼓舞するために東京の街を歩くのだ。
居直ったというか、ふて腐れたというか、ぼくの現在の歩幅でとぼとぼ歩く。
どこもかしこも、人、人、人の東京の街をうろついているというわけだよ。
打ち明けたところ、ぼくは都会の喧噪が嫌いではない。街にネオンが灯る暮れなずむ風景は大好きなのだ。

ホームズは優雅な御婦人と豪華客船でシャンパンとスモークサーモンで黄昏の海原を楽しんでいるだろう。
この次の再会時には、不忍池あたりの散策を楽しもう。

    ワトソン        (2010.01.21)


 
 

        

 


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