139 ワトソンの住んだ家々(ちょっと一息)





ホームズ殿

君が豪華客船で世界に点在する古き友を訊ねるという記述は、ぼくの想像力を刺激
して止まない。航海というのは、夜明けや日没の太陽を独占することを意味する。
大海原と太陽の間で、素の生物としての自己を確認するのではなかろうか。
水と太陽だぜ。生命の起源にさかのぼるという悠久にして深淵なる錯覚。
いずれにしても我々は灰になり、水に溶けて海に戻る。人生の終焉である。

ワトソンの誇大妄想癖がはじまったなという、ホームズの苦笑いの顏が浮かぶ。
「ワトソン君よ、はっきり言うが、航海に人生の終焉だの生命の起源だのと、
青臭いことを並べられるのには、いささかうんざりだよ。
海を漂うにしても、難破船で行方もしらずただようのと、ゴージャスなヨットで航海
するのとでは雲泥の差である。チャーミングな女性達にかこまれて、毎日すきな
スモークサーモンやニシンの酢漬けをたらふく食べられたら、長生きするのはあたり
まえだと思わんかね?」

ホームズ、君は卓越した頭脳でいつもぼくをリードしてきたことは認めるよ。
ワトソンはホームズ探偵の助手でしかない。
ぼくはホームズの頭脳の冴えを世間に吹聴したくてたまらない。
君は過去の事件解決の手柄話のむしかえしには興味がないらしいね。
しかしね、ぼくは引き下がらない。

ワトソン




 

 


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