131 古き友を尋ねて(ハドソン婦人の頻尿)


ホームズ殿

ハドソン婦人が「夜間にトイレに何回も起きる」と訴える。
昼間はなんともないのだが夜は1時間ごとくらいに目が覚めると言う。
老人によくある、熟睡できないという訴えである。
問題はハドソン婦人が何故夜に目が覚めるかにある。
焦がした鍋を何個も小屋から見つけられて、婦人は炊事場から追放されたという。
信じられないことだが、ハドソン婦人もそこまできたのだ。

あらかたの家事から引退を余儀なくさせられた婦人にとってガーデニングが
できない冬場は堪え難い。
骨と皮ばかりで寒がっている婦人にとって温泉入浴は極楽であろう。
ハドソン婦人が大浴場に入るようになったことは人格の変貌とも言える。
家人がどんなに誘っても「公衆の面前で裸は絶対に嫌だ」と言い張っていたのに。
そうそう、問題はハドソン婦人の裸体ではなく、頻尿の方だった。
ぼくも老いぼれた、すぐに横道にそれてしまう。失敬!

ホームズ、ここからは、ぼくの推理の独壇場だ。
ハドソン婦人の実際の会話から推理してまとめてみた。
婦人が床についた後に、仕事から帰宅する家人が 、早起きの婦人に何かしらの
重要な仕事を受け持ってもらおうと、朝ご飯を炊くという仕事を思いついたと
推理できる。これなら、婦人が人生の大半を費やした楽勝の仕事である。
電気釜だから火の心配もない。「お母さんへ、三合お願いします」とメモが
テーブルにあって、婦人はそのメモの紙切れを捨てずに大切に保管していて
嬉しそうに見せてくれた。ぼく達のことを下宿であれこれ世話をやいてくれた婦人が、
今や、世話をやかれる立場になったのだ。
問題はここからだよ、ホームズ。
ぼくは婦人にきめ細かく優しく、ご飯をたくという仕事をまかせてくれた家人に
感心するのだが、家人はハドソン婦人という女性の気質の深いところがまだ見えないらしい。
何しろ、ハドソン婦人は家人が遅い夕食を終えて寝静まるのを床の中で待っていて、
家人が寝しずまった頃を見計らって、そっと起きだして自分の任務があることを確認して、
業務を遂行するらしい。
当然、任務の無い日もあるわけだが、もう、そのことで頭がいっぱいで眠れないらしい。
もしも、朝に寝坊したら(ありえないのに)、弁当も作れなくて家人は困って
しまうだろうと言うのが 婦人のこころもちである。
米を研いで水加減をして電気釜に仕込むという重責(?)が脳裏を支配して、夜中に何度も
目を覚ましトイレに行くのだ。

ワトソン

 

 

 


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