130 古き友を尋ねて(Mr. H.Sのケース)




(その4): Mr. H.S.のケース

これはとても悲しいケースである。 
彼はオランダから移民してきたパイプオルガン技師である。 
僕が知り合ったのも道楽のパイプオルガン建築に手伝ってもらったからだ。 
15年ほど前であろうか、彼の妻の病気が原因で両人はオランダに帰国する事に決めた。 
彼女は数年後に死亡し、彼は彼が属する小さい教会で忙しく働らいているという。

そこで数年前に僕が手紙をだしたのだ: 
「僕のパイプオルガンの調子が悪く、修理を必要とする。 
旅費を払うから、一ヶ月ほど我が家に滞在してはどうだろうか?」
早速、彼から返事がきた:「招待はまことにありがたいが、春に膝をいためて歩行が
不自由である。 医者は待ったほうがよいというので、来年にしたい。」
 
そこで、翌年、また招待状をおくった。
彼は大乗り気だった。
飛行機の予約もとり、おみやげにもってくるCDと本も買ったという。
ところが、親しい友人であるある未亡人が、寂しくなるから行かないでほしい、
と言い出したという。 
そこで、僕はふんばった: 「じゃあ、そのご婦人も僕が旅費を半分だして招待する。 
うちの地下室に滞在したらいい。」 しかし、返事はノーであった。 
その婦人は海外旅行などしたことがなく、カナダ旅行など思いもよらないと。

そこで、さらにその翌年2004年の春、また招待状をだした。 
今度は、彼も大乗り気、成人した息子や娘もすすめてくれ、教会の牧師も大賛成で、
留守の間オルガンをひいてくれる人間も見つけたという。 
ところが、カナダでSARSの伝染病が勃発した。 
そこで僕はその伝染病が落ち着くまで、待つようにと助言した。 
そして待つこと一ヶ月半、ようやく落ち着いた頃、電話にメッセージがはいった。
彼が急性のガンで死の床についていると。 
彼はとうとうカナダを再訪することなく亡くなった。











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