親愛なるワトソンへ(3)
そこで、ぼくは軽いつもりで 「どういうなりゆきで誕生日が二つもあることに
なったのですか?」と質問した。
控えめな老婦人ビリーは淡々と話してくれた。
「わたしは9月が誕生日だと長いことおもっていました。
ところが18歳になったころ出生証明書を入手することになり、それで、実は7月8日に
サスカチュワン州(カナダの中央平野で、バンクーバーから1000キロも離れている)でうまれ、
2ヶ月後におとなりの州であるアルバータ州のエドモントン市にもらわれたのだ、というこ
とがわかったの。
だから私が長いこと誕生日だと思っていた日付は、正確には生まれた日付ではなく、もらわれた
日付だったというわけ、、、。」 そして、謎めいた言葉でビリーは締めくくった:
「幸い、私はあとで生母に会うことができました。彼女は84歳でした。でも、考えてみると、
もらわれて幸せな生活だったと思うの。でもそのずーっとあとで考えたことだけど、もらわれな
くても、それはそれで幸せだったろうと思うの」
ワトソン博士、君は老婦人ビリーの謎めいた言葉「、、、貰われて幸せだった。けれども貰われ
なくても幸せだったと思う」を、どんな風に推理できるかね?
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