(026)より続く
それでも橋の向こう側に出る以前にその波がいつもと異なることに気づいた。
水の流れがボートの右側(岸に近い方)と左側(岸から離れているほう)で違うのである。
それは単に風のせいではない。満ち潮で潮が流れ込んできているのだ。
潮に逆らって僕たちは懸命に漕いだ。その努力のおかげで僕たちは橋の向こう側の海
にたどりつき眺めを楽しんだ。
そのとき、コーチがいつものように個人指導を始めることにしたのである。
「ホームズ、君が舵をとってくれるかい?」と気軽に聞かれて、僕は気軽に応えた。「勿論」
これまで練習に13回ほど参加しているが、ボートで問題があったことは一度もなかった。
「ところで、どうやればいいのだい?」「この舵パドルをこうすれば、ボートはこちらに向
くし、反対にすれば、反対がわにむく。」コーチが僕に頼むなら、できないことはないだろう
と思ったのである。そこで僕がその2.5メートルほどもある舵パドルを受け取って後尾に立ち、
コーチはボートの前端に移動した。個人指導を受ける人間以外は手をやすめた。
近くにはイングリッシュ湾の海岸が見えた。
ところが、波に押されてボートは岸に近くなりすぎた。
そこで僕は舵の方向をかえた。魔法のようにボートはゆっくりと方向を変えた。
ところがその方角には花火大会のために臨時に設立された大きな筏(いかだ)が前方を阻んで
いるのが見えた。 そこでそれを避けるためにまた舵を変えた。
そうこうしているうちに、気がついてみると、岸からかなり離れてしまっているのである。
「岸に近いコースにとどまるから、心配しないように」と約束したコーチの言葉がよみがえってきた。
あわてて岸に向けて舵をかえようとしたが、その距離は一向に縮む様子がない。
それに加えて、あの入り潮のうねりが現れたのだ。
そのうねりにボートは揺れる。
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