005 茶色の研究(媚びない猫)

 親愛なるホームズ殿へ

 まったく、ぼくもヤキがまわったものだ。
 調査のイロハも忘却してしまって。
 茶太郎が窓を叩くのは最近のことではない。
 数年前からで月に2、3度という割合だった。
 真夜中でもカーテンを開けて顏と姿を確認してい
 るから、絶対にぼくの見違いではない。猫達の中
 には毛色が似ていたり、顔立ちがそっくりなのも
 いるが、茶太郎に似ている顏のはいない。ぼくは
 どんなに寒い雪の夜でも、彼の必死に叩く音で目
 が覚めガウンを着て外に出て確かめるのだよ。
 「茶太郎、腹でもいたいのか?」と、声をかけな
 がら、不審な人物がいないかあたりをうかがった
 ものだよ。不思議なのは必死にぼくを呼んでおい
 て、知らんぷりなのだよ。猫同士で喧嘩をしてい
 た様子もない。10匹以上も居る中で窓を叩く猫
 は茶太郎だけなのだ。ところで、茶太郎の写真を
 送ったが受取られたかな?届いたか心配している。

 ホームズに茶太郎の相談をしてから、ぼくは猫達
 の動向を熱心に観察するようになった。茶太郎を
 意識すると、他の猫達のそれぞれの個性も見えてくるものだね。犬と異なり猫は我がままで飼い主
 にさえ媚びない。特に茶太郎は媚びない猫なのだよ。自分から人間に寄ってくることは絶対にない、
 いわゆる可愛くない性格のオス猫なのだ。そうそう、猫達はすべて去勢避妊手術を受けているので、
 その手のトラブルは発生しない。オドオドした猫はいじめというか目の敵にされるが、茶太郎はオ
 ドオドした性格ではないので猫の中では苛められることはないが、人間に対してデリケートな反応
 を示す猫なのだ。つまり、ぼくに対してさえ、いつも距離をおくのだよ。何気ないふうに触るとゾ
 クゾク悪寒がするという風な様子で逃げていくのだよ。可笑しいだろう、彼の母猫の茶子でさえ、
 ぼくのしつらえた箱で生まれた、いわば彼は三代目なのだ。一番デカイ図体をしていて臆病としか
 見えない性格は笑えると言えば笑えるのだが、そんな彼が真夜中に必死で窓ガラスを叩くからには
 何か重大なことがあると思われるのだよ。

 堂々巡りで話が展開しないな。ぼくがイライラしてきたよ。ここのところひと月近くはガラス窓は
 叩かれていないが、調査は続行することにする。重大事件の前兆かもしれないではないか?
 ホームズ、そうだろう?
 ワトソン


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