001 茶色の研究(プロローグ)

 

 

 親愛なるホームズ殿へ

 バンクーバーの君の庭には花々が咲き乱れているこ
 とだろうね。お別れしてからもう何年になるか。
 ぼくは患者さんとも別れて引退生活に入ってのんび
 りくらしの3年目である。ねぷた祭りがおわって残
 暑たけなわだよ。趣味の鉄道模型も時間はたっぷり
 あるものの目の方が疲れてね。そうそう、愚痴をい
 うために手紙を書いているのではない。
 実は折り入って相談があるのだよ。
 猫を飼っていることは承知だね。
 10匹以上はいるのだよ。
 その猫のなかの一匹がね、真夜中に寝室のガラス窓
 をさかんに叩くのだよ。ほんとうに、トントンと叩
 くのだ。カーテンを開けてみると『茶太郎』という
 名前の茶色のオス猫なのだ。あまり叩くので出て行
 って見るけれども、別段変わったことはないのだね。
 最初は泥棒がきたのを知らせているのかと思ったほ
 ど必死に叩くのだよ。「茶太郎、どうした、腹でも
 痛いのか?」と訊ねても平気な顏をして知らんぷり。
 茶太郎のやつ、どういう意味なのだろう?
 その昔に幾多の怪事件を解決した君に、
 こんなこと相談して怒っちゃうかな。

 
弘前のワトソンより


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